なぜ小児科看護師なのに妊娠が怖いのか?
正直に言うと、
僕たちが「普通」の妊娠を人一倍怖がるのは、知識があるからではなく、現場で「1%の重み」を毎日肌で感じているからです。
妻の妊娠がわかったとき本当に嬉しかった。
でも嬉しさと同じくらいの「怖さ」がありました。
世間一般では「1%の確率で起こります」と言われると、「99%は大丈夫なんだ」と安心する材料になります。
しかし、小児専門病院で働く僕たちにとって、その「1%」は統計上の数字ではありません。
今日、目の前で懸命に生きている、あの子やその子そのものなのです。
知識があることが、時に自分を追い詰める「呪縛」になってしまう理由を、僕自身の視点からお話しさせてください。
「100分の1」が「毎日会う誰か」に変わる場所
僕が働いている小児科の現場では、生まれつきの病気(先天性疾患)を抱えるお子さんや、容体が急変してしまうお子さんの看護が日常です。
- 一般の方の感覚: 「めったに起きない珍しいこと」
- 小児科看護師の感覚: 「毎日向き合っている当たり前の現実」
この感覚のズレが、恐怖の正体です。
皆さんも、ネット検索で『もしも』の情報を調べて怖くなることはありませんか?
僕の場合は、それがネットの情報ではなく、毎日の仕事の光景として目の前にあるんです」
普通ならスルーできるような小さなリスクも、僕たちの頭の中では「あの子のような辛さ」や「あの家族のような葛藤」として鮮明思い出されてしまうのです。
「看護師」という鎧を脱いだ時、ただの「ビビりなパパ」になる
7月に第一子が誕生する予定の僕ですが、正直に告白すると、エコー写真を見るたびに手が震えます。
「心臓の部屋は4つあるか?」「指は揃っているか?」
職業病と言えばそれまでですが、見たくなくても「異常のサイン」を探してしまう自分がいます。
看護師としての僕: 「もし何かあっても、最高のケアをしよう」
パパとしての僕: 「怖い。ただただ、何事もなく無事に生まれてきてほしい」
この2人の自分が、頭の中でずっと喧嘩をしている状態です。
妊娠や出産に当たり前が存在しないことを知っている。
だからこそ、僕は人一倍慎重になり、臆病になってしまうのです。
怖がることは、愛情の裏返し
もしあなたが、医療従事者で「知識があるせいで素直に喜べない」と自分を責めているなら、これだけは伝えたいです。
あなたが怖いのは、それだけ「命の重み」と「家族の人生」を真剣に考えてきたからです。
適当に聞き流せないのは、あなたがこれまで多くの患者さんや家族に寄り添い、真摯に仕事をしてきた証拠。
その恐怖は、これから生まれてくる我が子に対する、不器用で、でも最高に深い「愛情の裏返し」なのだと僕は思います。だからこそ、僕は「怖いままでいること」を止めました。
僕たちは「出生前診断」について考えることにしました。
それは命を選別するためではなく、パパとして覚悟を決め、準備を整えるための第一歩でした。
次は、看護師である僕がどのように出生前診断を考え、向き合っていったのかを具体的にお話しします。

